ふるさと納税と仮想通貨は、本来の目的からの脱線によって迷走が始まる



近年は確定申告の時期になってくると、ふるさと納税の話題をよく耳にするようになりました。

このふるさと納税を活用して、日本国内の任意の地方自治体に寄付をすると、寄付した金額から、自己負担の2,000円 を差し引いた金額の分だけ、所得税の還付を受けられます。

もしくは寄付した金額から、自己負担の2,000円 を差し引いた金額の分だけ、納付する住民税が減額されます。

つまり自己負担の2,000円以外は還付されたり、減額されたりするため、ふるさと納税により負担が増えるのは、2,000円だけになるのです。

注:寄付する方の収入や家族構成などにより、還付や減額される金額に上限が設けられております。

また寄付した地方自治体からは、2,000円を超える返礼品が贈られてくる場合が多いため、2,000円を負担するだけの価値はあるというわけです。

このような仕組みのふるさと納税ですが、最近は迷走(方向が定まらずに苦しんでいる状態)しているという印象を受けます。

例えば返礼品競争が激しくなり、その地域の名産品ではなく、商品券を贈る地方自治体が現れました。

これを問題視した高市早苗元総務大臣は、返礼品として商品券を贈るのを、自粛するよう要請しております。

その一方で返礼品競争に疲れ果てて、返礼品を贈るのをやめてしまった地方自治体も現れました。

また都市部の自治体では、ふるさと納税による税収減により、行政サービスの質が低下しているため、ふるさと納税はやめて欲しいと住民にお願いする、チラシなどを配っております。

ふるさと納税がこのような迷走状態になった一番の理由は、本来の目的から脱線したからだと思うのです。

ふるさと納税が創設されたのは、例えば就職で東京に出てきた方の心の中にある、生まれ育った地域のために何かしたいという気持ちを、サポートするためだったはずです。

また例えば旅行で行った地域に愛着を感じ、その地域が発展するために何かしたいという気持ちを、サポートするためだったはずです。

それがいつの間にか、この本来の目的を忘れてしまい、返礼品をもらう事が主な目的になってしまいました。

ふるさと納税をめぐる、上記のような迷走状態を収束させるには、まず何よりも本来の目的に、立ち戻る事だと思うのです。

これと同じように流出問題などで揺れている仮想通貨も、本来の目的に立ち戻った方が良いと思うのです。

仮想通貨が登場した当初は、世界中に低コストで瞬時に送金できるなどのメリットを活かし、決済目的のために使われてきたはずです。

それがいつの間にか、仮想通貨を売買して利益を得るという投機が、主な目的になってしまいました。

また投機が主な目的になり、仮想通貨の価格が乱高下するようになったため、決済目的のために使うのが難しくなるという、「主客転倒」な結果になってしまったのです。

ふるさと納税と仮想通貨は、どちらも良い制度ではないかと思うのですが、本来の目的からの脱線によって迷走が続くようだと、政府は何かしらの規制をせざるを得なくなると思うのです。
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  1. 2018/02/20(火) 20:33:44|
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「人生は比較するな!金融商品は比較しろ!」は、幸福な人生の合言葉



かなり前にインターネットで検索していたら、フォーブス・ジャパンの中に、フェイスブックをはじめとするSNSは、人生の幸福度を下げるという研究成果について紹介した記事が、掲載されているのを見つけました。

その記事はフェイスブックは「人生の幸福度を下げる」 米研究結果であり、一部を紹介すると次のようになります。

『ピッツバーグ大学医学部の研究チームは、SNSが精神に及ぼす影響について調査を行った。その結果、SNSの利用頻度が高ければ高いほど、うつ病になりやすいことがわかった…(中略)…

SNSが何故うつ病を引き起こすのか。同論文は「SNS上で友人らの投稿を目にすることで、自分以外の人たちは幸せで充実した人生を送っているという歪んだ認識と、うらやむ気持ちが生じる」と指摘している。

SNS上で傍観者でいると、自分は時間を無駄にしていると感じるようになる。その結果、うつ病になる』

以上のようになりますが、この記事は一見すると、「幸福な人生を送るには、SNSの利用を控えた方が良い」と、アドバイスしているように感じます。

しかし何度か読んでみると、本当に伝えたかったアドバイスは、「幸福な人生を送るには、他者との比較を止めた方が良い」だと感じるのです。

SNSが開発される前から人間は、身近にいる他者と自分を比較して、その他者より自分が良い状態であれば、幸福な気持ちになる傾向がありました。

その一方で他者より自分が悪い状態であれば、不幸な気持ちになってしまうのです。

ですから先人達は幸福になるために、他者との比較を止めた方が良いと説いてきたのですが、それがなかなか難しいのです。

またSNSが開発された事により、身近にいる他者と自分を、比較しやすい環境が整備されたのです。

しかも自分の惨めな姿は見せたくないため、SNSの中に記載されているのは、他者の人生の失敗談よりも、成功談の方が多くなっているのですから、比較するほど不幸な気持ちになります。

このようにSNSによって、他者と比較しやすい環境が整備され、またその他者が成功談ばかりを語る事により、人間は以前よりも不幸になっているとしたら、やはりSNSの利用を控えた方が良いのかもしれません。

ところで比較しやすい環境が整備された事により、人間が以前より幸福になっている分野もあり、それは例えば金融商品です。

インターネットが発達する前の時代に、複数社の金融商品を比較しようとしたら、電話して資料を取り寄せたり、営業職員に話を聞いたりする必要があったため、とにかく手間がかかりました。

しかし現在はインターネットの発達や、比較サイトの普及などにより、複数社の金融商品を比較しやすい環境が整備されているため、同じような構造の金融商品であれば、どちらがお得なのかがわかりやすいのです。

近年は投資信託の手数料(例えば「信託報酬」)が、大幅に下がっておりますが、このように比較しやすい環境が整備された事が、大きな影響を与えていると思います。

つまり各人が金融商品を比較する事は、個人にとってプラスになるだけでなく、社会全体にとってもプラスになるのです。

逆に考えると金融機関の営業職員のアドバイスを鵜呑みにして、金融商品を比較しない事は、個人にとってマイナスになるだけでなく、社会全体にとってもマイナスになると思います。

そうなると「人生は比較するな!金融商品は比較しろ!」は、幸福な人生の合言葉になるのではないでしょうか?
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  1. 2018/02/15(木) 19:55:49|
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